Satの 山と一期一会

春夏秋冬。山との出逢いはいつも一度限り。

2021夏山…女王の向こうには

8月5日~7日 長野県大仙丈ヶ岳
2年振りの夏山稜線歩きを目指し、早朝出発で山麓の駐車場に向かいます。

8月5日
南アルプスの女王と呼ばれる「仙丈ヶ岳」。北アルプスや八ヶ岳を登っていた山行人生第3期で、初めて訪ねた南アルプスがここでした。そのきっかけは、管理人として登山道の整備や環境保全等をされている高校の先輩と会うことです。その後、塩見岳甲斐駒ヶ岳赤石岳、荒川三山を回り、雪の黒戸尾根(七丈小屋)、GWの仙丈ヶ岳と続き、それ以来、5年振りの南アルプス。
近年、テント泊も含めて思うように山行が出来ず、夏山山行計画もそれを踏まえたものになります。仙丈ヶ岳へは、北沢峠にある長衛小屋で幕営。北沢峠へは山麓の仙流荘から南アルプス林道バスを利用することになります。7月下旬までは災害復旧工事の影響により、GW同様「歌宿」までの運行でしたが、現在は「鹿の沢」まで延長され、工事区間を10分弱歩いた後、北沢峠までのシャトルバスに乗車できます。(運賃は、仙流荘~歌宿間分)
初日は移動日であることから、10時5分発に乗車し、昼前に到着です。乗車人数は峠付近散策の団体10名を含め、16人。「鹿の沢」まではゆったりと乗車出来ました。途中の乗り換え区間では、アサギマダラが道端に咲くヒヨドリソウに群れ、透き通った青に清涼感をもらいます。青空と白い雲。そして、東駒ヶ岳。(伊那では甲斐駒ヶ岳のことを東駒、中央アルプスの木曽駒ヶ岳を西駒と呼びます)照り付ける陽射しは厳しくとも、吹く風は爽やかな高原の風。夏の匂いが満ちあふれていました。
北沢峠から長衛小屋へは林道を山梨県側に5分程下ります。右側の沢にかかる小さな橋が明日の登山口。その左側に小屋への案内表示があります。
テントサイトは沢沿いに細長く、陽射しを避けて木陰に張る方が多いようです。テント申込は事前予約制で、直接小屋に電話をします。キャンセルは前日の午後6時まででした。総数で20数張。私達は水場に近い小屋寄りの箇所に張ります。小屋の向こうには東駒ヶ岳の摩利支天、反対側には小仙丈ヶ岳の稜線が見える場所です。
午後から鳥見を兼ねて、北沢峠周辺を散策。ただし、バスの運転手さんが話されていた熊情報に深追いはせず、適当な時間でテントに戻ります。陽も随分と傾き、夕食の準備を始めようとした時、森から聞こえるコマドリの鳴き声。でも、次第に遠ざかっていき、姿を見ることは出来ませんでした。
やがて赤く染まっていた摩利支天の白き岩峰が空に溶け込み、辺りは漆黒の世界へと移ります。聞こえてくるのは、沢と水場の音だけのテントサイト。明日の山行に期待を膨らませ、2021夏山1日目の夜は過ぎていきました。


遥か彼方に思える仙丈ヶ岳…明日の今頃はあの稜線に立っている 

5日前にシャトルバスが運行開始…バス会社のご努力に感謝 !!

随分と近くになりました…仙丈ヶ岳

本当なら徒歩で見ている景色…東駒ヶ岳~駒津峰~双児山

山梨県と長野県をつなぐ 鋸岳「鹿の窓」

工事区間は歩行者専用の仮設通路で通過します(通過時間は2分程度)

藪沢から北沢峠までは 無料シャトルバスで10分程度

ここからテントサイトまで 林道を下ります

5年振りの 小仙丈ヶ岳稜線…前回は雪でした

12時15分幕営完了 そして 本日の予定も完了(笑)

寝転んで見上げる 夏の空

隠れては 現れる 摩利支天(東駒ヶ岳

ここでも慌ただしく動いていました…コガラ(トリミング処理)

オダマキを初めて見た時の感動は今でも…キバナヤマオダマキ

目元が若々しい…シジュウカラ

第一種特別地域の北沢峠周辺は 舗装も禁止されています

プクっとした姿に いつも癒されます…ヤマホタルブクロ

北沢峠から望む岩峰は 双児岳の不動岩でしょうか

仙水峠への登山口で咲いていました…シナノオトギリ

奥に 一段下がったテントサイトがあります

両側出入り口のテントは 風が気持ち良いです

南アルプスのテントサイトは 水が豊富で助かります

湿度が低いため 気温以上に涼しく感じます

酢飯は 夏テント泊の常連食

明日も期待できる 夕暮れのひと時

8月6日
時刻は2時40分。起床時間まで30分ほどありましたが、空模様が気になり、フライシートのファスナーを上げます。テント泊で最も期待する瞬間。結果は、満天の星空でした。
今日は、小仙丈ヶ岳から仙丈ヶ岳に向かい、その時の状況で大仙丈ヶ岳に行くかどうかを判断し、仙丈小屋からは馬の背ヒュッテを経由せず、小仙丈ヶ岳経由で下山する計画。
熊対策も兼ねて、ヘッデンの必要がなくなった頃、テントサイトを出発。登山道の状況は判っていることから、靴は負担の軽いトレランシューズを選択しました。
橋を渡ってすぐにある北岳見晴台。朝陽を浴びて赤く染まり始めている北岳とご対面。しばらくは急登が続き、北沢峠からの道と2合目で合流します。その後は、明るい樹林帯の道。やがて、樹間に槍・穂高連峰を望めば4合目。馬の背ヒュッテ分岐点の大滝頭で圏内となり、先輩の友人でもある兄からLINEが入り、今日、先輩が入山するので下山時に寄ってとの伝言。そのため、仙丈小屋からは馬の背ヒュッテ経由に変更することにしました。大滝頭を過ぎれば、鳳凰三山南八ヶ岳を望み、東駒ヶ岳が背後に聳えます。山頂部から摩利支天にかけての花崗岩は冠雪を思わせる白さで、その特徴的な山容は「登るより見る山」。
大きな石が続く直登の道端がハイマツに変わると、森林限界まで残り僅か。超えれば6合目で、大パノラマの序章が始まります。小仙丈ヶ岳に続く道は一面ハイマツの海。ほぼ同じ標高である北アルプスの常念岳と全く異なる植生は、南アルプスの特徴と言えます。良く整備されたハイマツの道を登れば、その時間と共に変化する周囲の景色。お馴染みの富士山、北岳間ノ岳123ショットやオベリスクの地蔵岳で有名な鳳凰三山。東駒ヶ岳の向こうには八ヶ岳が連なり、馬ノ背越しには空木岳から妙高連山までの峰々。2,864m小仙丈ヶ岳に登頂すれば、正面に聳える仙丈ヶ岳。ホーム鈴鹿の竜ヶ岳を「鈴鹿の女王」と呼んでいますが、さすがにスケールは敵いません。先輩に連れられて登頂した際は、南部の峰々を山座同定していただきましが、今では歩いた稜線も数多くあり、思い出が蘇ります。
仙丈ヶ岳までCT 1時間。その時間以上に懐の深さを感じさせるのは、小仙丈沢カールを従えているからでしょう。ここから始まる展望稜線は、本州を代表する南、中央、北アルプスの峰々や富士山、八ヶ岳秩父、頚城が夏空の下、変わらぬ姿を見せてくれています。これまで歩んだ山の軌跡があの峰々にあることを思うだけで、今は幸せな気持ちになれます。そして、こうして未だ見ることの出来る自分に感謝です。
GWの時は雪壁となって立ちはだかった箇所もつづら折りで難なく通過し、仙丈小屋の分岐を過ぎれば、藪沢カールに小屋を望み、3,033mの頂を正面に捉えます。足元に咲く高山植物に祝福された5年振りの登頂は、前回同様、私達だけの時間を女王が与えて下さりました。
時刻は9時前。天候、体調共に問題はなく、予定通りに大仙丈ヶ岳へと向かいます。ここは、先輩が勧めていた場所。仙丈ヶ岳から塩見岳へと続く仙塩尾根。その最初のピークが大仙丈ヶ岳2,975mです。
途中にあるお花畑と岩場が続く非対称稜線。そして、仙丈ヶ岳が擁する3つ目の大仙丈沢カール。
チシマギキョウ、タカネコウリンカ、ミネウスユキソウ、イブキジャコウソウ、タカネツメクサ…。この楽園を過ぎれば、両側に切れ落ちた岩尾根に向かいます。伊那側へ落ちれば助からない高さであり、歩く人が少なければ浮石も多く、また、ザレた箇所も多いことから、久しぶりに緊張する場面が続きました。40分程で大仙丈ヶ岳に登頂。振り返った仙丈ヶ岳は、違う山に見間違えるほど、荒々しい姿に感じました。
往路とは別の視点で楽しめる復路。お花畑まで戻ってホッとする感覚はここ数年味わっていないものでした。仙丈ヶ岳の山頂は結構な人で賑わっており、そのまま小屋に向かって下山。小屋で小休止のあと、先輩の待つ小屋に向かいます。
7年振りの再会はその時間的空白を感じさせることなく、作業中の先輩が発した最初の言葉が「泊まっていきなよ」。ここで再び、山行計画が変更となりました。
ただこの変更が、結果として、娘に心配を掛けることになり、電波状況が悪い場所での課題となりました。


木星が照らす 小仙丈ヶ岳

ここから見る北岳は美しい…見晴台

まだ陽の射さぬテントサイトと東駒ヶ岳

稜線は緑一面の大海原

馬ノ背に向こうに広がる 中央から北アルプスの稜線

定番ですが…小仙丈ヶ岳

これも定番の1・2・3

仙丈ヶ岳と対照的な山容…鋸岳~東駒ヶ岳

稜線の思い出は 南アルプスの歴史…悪沢岳塩見岳・荒川中岳・前岳赤石岳

この稜線歩きは 時間を感じさせない

残雪期の直登を思い出しながらの「つづら折り」

世界が変わる 藪沢カール巡り

仙丈ヶ岳で最も美しい道だと思う

今回も貸切の 3,033m…女王に感謝

地上の青空か宝石か…チシマギキョウ

仙塩尾根で隣の頂へ…大仙丈ヶ岳

唯一咲いていた 南アを代表する花 …タカネビランジ

お花畑を過ぎれば そこは 岩の世界

右側は 伊那谷への直滑降

仙丈ヶ岳は 女王を守る近衛兵

大仙丈沢カールは 新たな景色を生みました

遠く塩見岳へ…南ア北部の背骨「仙塩尾根」

来た道もまた新しい「世界観」

足元で輝く「地上の宝石」…イブキジャコウソウとヒメレンゲ

藪沢カールを 仙丈小屋へ…

馬ノ背から振り返る 仙丈ヶ岳と仙丈小屋

ハイマツの海に浮かぶ 「東駒ヶ岳」島

小屋の息吹が 森を照らす

囀りの鳥を探して 囀らない鳥を見つける…サメビタキ?(トリミング処理)

藪沢新道を横切る 名もなき滝

先輩曰く 「空は秋」

7年振りの夕暮れ…

8月7日
予定していない2,550mで3日目の朝を迎えることになりました。
「藪沢小屋」。幕営している長衛小屋を開き、「南アルプス開拓の父」とも評される「竹澤長衛」さん。昭和16年に藪沢新道を開き、昭和26年、その中間に位置する場所に建てました。それから70年が経ち、建て替えられているとは言え、その半分以上の歴史を知る先輩は、昭和から平成、令和へと続く時代の「生き字引」でしょう。
台風の影響か少し雲が多い朝は、かえって朝焼けの東駒ヶ岳を見せてくれました。
昨日来の先輩の話で、今回も心に留め置かねばならない事がたくさんありました。
「ポール問題」「登山道整備の意味」「環境保全
40年以上、ここ南アルプスで過ごしてきた先輩が話す環境の変化を初め、多くの事実は、偶にしか訪ねない私達にとって、気付ない事柄がたくさんあります。その言葉から、私達が歩いている道は当たり前ではなく、見ず知らずの方による努力によって存在するものであり、その道を破壊するような行為は慎まなければならないことを、あらためて、思い起してくれます。
本人が気付かないまま道を破壊している。整備しているつもりが破壊している。道の破壊は高山植物や生態系の破壊へと繋がる。
先輩の話を聞くことで、気付かないことや忘れていることが思い返されます。
「秋になれば、関西の山を一緒に登ろう」と約束をし、今日も登山道整備に向かう先輩に見送られて、小屋を後にしました。
朝、真っ赤に染まる雲を纏っていた東駒ヶ岳は、まだ朝陽を受けておらず、黒々とした山塊を私達に見せています。鋸岳左側にある山間では雲が谷を埋め、稜線から流れ落ちる「滝雲」風の景色。また、遠くに望む白馬三山から鹿島槍ヶ岳の稜線。昨日より幾分雲が多いのは、台風の影響でしょうか。
大滝頭に合流するまでにいくつかの沢を渡りますが、身体が温まっていないため、慎重に通過します。
当初の予定は、北沢峠を12時30分発に乗車する予定でしたが、天候や混み具合を考慮し、1本早めの9時30分としました。8時前にはテントサイトに戻れる計算であり、あとは下山スタートによる転倒など怪我をしないよう注意を払います。
駒ヶ岳が樹間から姿を隠し、あとは北岳が残るだけです。その北岳とも見晴台を最後に別れを告げ、林道へと戻ってきました。
昨日、先輩の同行者が下山される際、長衛小屋に計画変更を連絡していただきましたが、帰り際には声をかけておくよう言われていたため、小屋番さんにお礼と共に伝えると、玄関までお見送りをいただき、あらためて、先輩の大きさを感じました
帰りのバスは14人。東駒ヶ岳の頂は雲に覆われて見えません。「昨日は麓から仙丈ヶ岳が1日中見えていたが、こんな日は夏だと数日しかない」と、運転手さんの話す声が聞こえてきました。
その貴重日に女王が招いてくれたことに、あらためて感謝の気持ちを寄せ、次はいつ訪ねようかと思いながら、アルプス林道を麓に向かって揺られました。
下山後は、伊那の名産でいつもの…。


今日最初の モルゲンロート

想像を搔き立てる シルエットの東駒ヶ岳

最終日…朝焼けは「雨」

藪沢新道の朝…雲が黄金色に輝く

駒ヶ岳が 「雲ルゲンロート」^^;

小屋も目覚めます

落雷被害で立ち枯れたそうです

刻一刻と変化する 山の朝

今年 先輩達が整備した 藪沢新道

大滝頭まで いくつもの沢を越えます

雲が舞う 朝は 一期一会

山の原点「八方尾根」と初めて幕営した「鹿島槍ヶ岳

北岳は 南アルプスのランドマーク

ナナカマドの巨木は 南アルプスの森

ここでお別れ…北岳見晴台

あの稜線から「お帰り」 そしてマイハウスに「ただいま」

昨日の山行を思い出しながら バスを待ちます

道端の夏提灯…北沢峠バス停にて

駒ヶ岳は夏雲へ…手前は「双児山」

ヒヨドリソウに舞う 渡り蝶 「アサギマダラ」

やはり 看板表示は 「東駒ヶ岳

さて 「鹿の窓」は どこでしょうか…

GWのバスはここまで…歌宿

戸台川への標高差は 400m

伊那の栗で山旅を終える いつもの…