Satの 山と一期一会

春夏秋冬。山との出逢いはいつも一度限り。

関西バンビー3の ”低山さんぽ”

5月5日 三重県桝形山
路上駐車の列を横目に核心部の駐車場に向かいます。

各地で賑わいを見せる2025年GW。日々、休日の私達にとっては、特に変化のない期間です。かつては、北穂高や立山、燕岳、蝶ヶ岳、仙丈ヶ岳など、残雪期のアルプスを楽しんだものですが、今はその熱量がなく、3ヶ月振りに宇治の山友を誘い向かった先は三重の「低山さんぽ」。
先月、TV番組に紹介されたことで登った「菰野富士」。往復1時間もかからない標高369mの山。しかし、町と山の両方を眺める山頂展望が良く、今まで登ってこなかった低山の魅力に触れた思いでした。
今回は松阪市にある「桝形山 312.3m」。16世紀後半、織田信長軍によって落城した「阿坂城」のあった地。山名より白米(はくまい)城跡として、地元を初め、多くの方に親しまれている山のようです。登山口は山麓のお寺横にある阿坂城跡登山駐車場。そこにあったコースマップでは、神岡谷と桜谷に沿って2ルートあり、周回できるようになっていますが、今日の目的は「キンラン」「ギンラン」「ウラシマソウ」の山野草3種。レポで調べた神岡谷沿いのメインルート往復で「初めまして」の出逢いを求めます。
予想通り駐車場は満車。周囲では路上駐車が目立ちます。山頂までは約2km、40分ほどで着くため、登山と言うよりは散策で訪ねる人も多いと思われ、下山者を待つこと10分程度。無事に予定時間内の11時過ぎに出発。
登山道は獣害除けの柵から始まり、コンクリート舗装もほどなく地道となります。登山道と言っても車1台が余裕で通れるほどの道幅で、広葉樹が正午前の陽射しを遮る気持ちの良い道。足元には、〇町〇〇〇mの木札。1町109mなので、山頂までは約18町。案内標識は桝形山ではなく白米城跡とあり、松阪市教委の説明板によれば、阿坂城には南北2つの郭があり、北郭を「椎ノ木城」、南郭を「白米城」と呼ぶそうで、三等三角点のある山頂は、南郭に位置します。
「子供の日」と言うこともあるのか、家族連れが多く見られ、また、毎日登山のような方もすれ違います。散策路のような弧を描きつつ、緩やかな傾斜が続く道を、薬王寺コースとの合流地点まで進みます。道は針葉樹よりも広葉樹が目立ち、目に眩しい新緑の季節だけでなく、錦が飾る紅葉の季節も心躍る道となることでしょう。今日のお目当て「キンラン」「ギンラン」は、多様性が豊かな森でなければ育たないと言われ、この山の持つ力が歩いていても感じられます。
合流地点からは尾根道になり、これまでと違って傾斜のある道になりますが、ひと登りで視界が開け、見上げるような土塁を備えた「椎ノ木城跡」に到着。これまでにも「堀切」「堅堀」等の表示はありましたが、ここには「阿坂城跡の遺構マップ」として、それらの説明がありました。ここを過ぎれば急な下り坂となり、再び、一段高くなった土塁に沿って進めば、青空に向かって伸びる階段状の登り口が現れ、白米城名碑の建つ「桝形山」に登頂。全周囲に見晴らしは良く、とりわけ東側の伊勢湾や松阪市内の展望は低山ならではジオラマ風景でした。
水の張った田んぼ、松阪城跡、高速道路を行き来する多くの車。その見晴らしの良さは、山城として機能を発揮したと思われ、「菰野富士」もそうでしたが、低山が故に、人の暮らしに近いものだったでしょう。阿坂城は14世紀にはあったとされ、廃城までの約200年間、この高台からどんな景色を見、歴史を紡いできたのでしょうか。そして、遺構を残すのみとなった現在は、家族連れを初めとし、のんびりとした空気が流れていることが手に取るように感じます。
菰野富士よりは歩いた感が強いものの、標高300m程の低山。それでも、ハイキングとは違い、山に居ることを感じられる名山でした。そして、またどこかの低山へ歩きに行こうと思えた「えぇざん」です。
下山後は、山友の好きなロールケーキでいつもの…(笑)



初めましての キンラン(金蘭)

花言葉は「華やかな美人」「眠れる才能」

林床で輝く姿は 名前のとおりでした

山では 初めましての ウラシマソウ(浦島草)

花言葉は 「不在の友を想う」「注意を怠るな」「懐古」「回想」

正に 浦島太郎が釣り糸を垂らしている様子

判りやすい案内表示でした…登山口駐車場

春らしい 木洩れ日の射す 登山道

頭上には 新緑の天窓

遺構マップは 勉強になりました

今や 土塁は 巨木の広場

ウラシマソウよりも一般的… 同科同属のマムシグサ(花言葉は 「驚き」「魅惑」)

日当たりに向かって タツナミソウ(花言葉は「私の命を捧げます」)

椎ノ木城に沿って 道が敷かれています

時代は変われども 白米城へ向かうのは 同じこと

さて どんな景色が待っていることやら…

思ったよりも 静かだった 山頂広場

標識は「白米城跡」で これは 裏側です

低山ならでは 俯瞰風景

中央の森は 阿坂城廃城後に出来た「松坂城」跡

海から山へは 工業から農業への グラデーション

北西には 青山高原風力発電所

気持ちの良さそうな道は 地獄谷へ続く…?

♪ 屋根より高い こいのぼり ♬

時間の流れも止まる 低山さんぽ…関西バンビー3

帰り道 白米城の土塁を 見上げてみました

何度か お見かけしています…エビネ(海老根)

花言葉は 「誠実」「忠実」

どうして こんなにも複雑な姿になったのでしょう

最後に 初めましての ギンラン(銀蘭)

花言葉は 「おとなしい貴婦人」

花言葉のとおり 見過ごしてしまいそうでした

車窓から 振り返る 今日の山

低山さんぽを 振り返らずに いつもの…(笑)

低山 名山 えぇざん ♬

4月16日 三重県菰野富士
ホームの峰々を眺めながら、いつも通り過ぎる駐車場に向かいます。

日曜のお昼時、よく見る番組の「東海三県低山巡り」コーナーは、ホーム鈴鹿の「菰野富士」。ホームとは言え、あまり聞き覚えのない山。それもそのはず、地図にも載っていない標高369mの低山。しかし、伊勢湾を眺められる頂上からの景色は良く、お弁当を持って山頂で食べてみたくなる山でした。日本各地の「低山」を登り、山頂での「ご褒美メシ」を紹介する番組もありますが、こちらのコーナーは正真正銘の「低山」。気になったので、ちょっと歩いてみようかと、久しぶりにホームの山へ会いに行きました。
登山道は大きく4つ。東海自然歩道を利用して湯の山温泉や鳥居道山キャンプ場から登れますが、主な登山口は鈴鹿スカイラン沿いにある「鳥居道ルート」と「菰野富士駐車場ルート」。この間、300mほどしか離れておらず、周回で楽しむことにしました。山行は尾根沿いの鳥居道は下山路とし、急登の駐車場ルートから登り始めます。
鳥居道の駐車場を出発し、まずは菰野富士駐車場を目指します。スカイライン沿いに脇道があり、車の往来を気にすることはなく、また、途中には「鳥居道山山神」が祀られていました。キャンプ場の名前にもなっている「鳥居道山」。調べてみると、現在の「国見山」で、山中にあった旧三嶽寺へと繋がる歴史を感じさせます。
令和2年に整備され、60台以上の普通車が停められる菰野富士駐車場には、数台の車とハイキングクラブの名が記された京都ナンバーのマイクロバス。テレビの影響か、それとも元々人気のある山なのか…意外な印象。歩き始めてすぐ「ダイダンの森 三重」の案内板。ふたつの駐車場間と菰野富士中腹までを整備エリアとし、地元と協力をして、植栽やツル切り、除伐等整備を進められているそうです。
登山道は雑木林の中を進みますが、足元には色とりどりのスミレ、視線の先にはアセビやミツバツツジの花が咲く『春らんまん』。番組ではこのルートを利用しておらず、それは短いルートながらも急登が続き、また、鈴鹿山脈中央部の地質は花崗岩であることから、粒状の滑りやすい道でした。周回する場合、下りで利用することはお薦めできません。
8合目にて「ふれあいの森」と書かれた案内板と共に道が分かれていましたが、低山アルアルでその先の行方は地形図で確認できません。そこから数分、森が明るくなってきたと思えば、視界の先に築山のような山頂広場が見えました。まずは、一段下がったところにある手作りテーブルセットでお弁当タイム。思ったより雲が多かったため、肌寒いのかと心配しましたが、穏やかな風に吹かれ、ここでも『春らんまん』。
そこから一息で登頂すれば、眼下に広がる菰野町から伊勢湾。そして、伊勢湾へ振り下ろすかのように連なる鈴鹿山脈の主峰「御在所岳」と国見岳(鳥居道山)に武平峠で対峙する名峰「鎌ヶ岳」。今は無き、冠峰山三嶽寺の由来となったであろう「三嶽」が背後に聳えます。
背の高い三角点かと思った石柱には「陸軍用地」。菰野町によれば明治43年から昭和20年までの35年間にわたって陸軍演習場や廠舎が旧千種村におかれていたそうです。中世から近世、そして近代の物語が紡がれる菰野富士。その時代背景は、標高以上に積み重ねられたものであり、地形図に記載がなくても名山であると思いました。
テレビで紹介されたことで登った山でしたが、ホームの知らない一面を見つけるきっかけになりました。そして、標高369mとは思えない眼下の景色と全周囲の展望や歴史を感じさせる「えぇ山」でした。
下山後は、時間があったため、近くにある「三重県民の森」を訪ねて満開を迎えた八重桜を楽しみ、新規開拓しようと思ったものの定休日が多く、結局定番のお店でいつもの…(笑)


これまで 気にも留めなかった ホームの「富士」

主峰と同じ扱いは 人気の証?…鳥居道駐車場

りっぱな石碑に 安全登山を祈願します

広葉樹が織り成す 春のグラデーション…菰野富士駐車場

別の登山口には「千草陸軍演習場と菰野富士」の説明板

山に春が来たと思う花…ミツバツツジ

里や山に 春を告げる花…タチツボスミレ

鈴鹿の春花と言えば…アセビ

常緑と落葉が混じる 中腹の登山道

よく整備された 山肌の直登道

個性的な 標識です

低山でも高山でも 山頂が近付く雰囲気は同じ

山頂を前に お弁当タイム

普通に市販のお弁当が食べられる 低山の良さ

遠く名古屋方面まで見渡せる 海側の展望

鈴鹿の二大スターが揃う 山側の展望

左:御在所岳(1,212m)と右:国見岳(1,170m)

鈴鹿の槍「鎌ヶ岳(1,161m)」

山桜が 春色に染めていました

新名神の高架道が 菰野の町を2分割

菰野富士369m は 名山と呼べる えぇ低山 でした

帰り道 至るところで見かけた石柱(陸軍用地 㐧六六号二)

椿の花も そろそろ終わりです

富士山のイラストが描かれた「菰野富士コース」案内標識

桜の時期は初めてでした…三重県立の森

大人の味が後を引く いつもの…(笑)

終活への調べ…六甲全山縦走

3月25日 兵庫県六甲山
まだ人通りが少ない早朝の塩屋駅。路地を抜け、高台にある登山口へ向かいます。

「六甲全山縦走」
この言葉の響きを美しいと感じるのは、僕一人だけではないでしょう。六甲山魅力再発見セミナーによると、最初の縦走は、大正14年11月に須磨の敦盛塚から宝塚へ3名で歩いたそうですが、今では3月と11月に大会が開催され、県内外から多くの参加者で賑わいを見せています。
そんな全縦を初めて知ったのは、新田次郎氏の「孤高の人」。モデルとなった加藤文太郎さんを同名で主人公にした小説。「全縦は無理でも東六甲縦走なら」と、20歳前後には宝塚から有馬まで何度か歩きました。2015年春に念願の全縦完歩。続いて2015年秋、2017年春に2人の山友とそれぞれ歩きました。初めて歩いた全縦は天気が悪く、また、ペース配分などが分からなかったため、もう1度単独行の思いを持ち続けていましたが、それを時代が許さず、「還暦で全縦」と言う風になっていました。そして今回、還暦は過ぎてしまいましたが、2月から準備を始め、前回の体力測定で目途が付いたため、8年振りの全縦。
六甲全山縦走の起点は「塩屋駅」か「須磨浦公園駅」か。それは六甲連山の西端か、旧大会ルートか、敦盛塚かと言うことになりますが、僕は「塩屋駅」。理由はJRの始発が早いから…。
毘沙門天」の案内に従って第3回までの旧大会ルートで住宅地を抜け、全縦アルアルの住宅地急坂を上り切れば見えてくる「六甲縦走路西起点」の案内板。お決まりの山王神社で安全祈願をし、ヘッデンと完歩する気持ちにスイッチを入れ、山道へ入ります。
全縦は主な山で14座。その1座目が「旗振山253m」。いつも暗かった空は、3月下旬にもなれば「東雲」。この後「鉄拐山234m」に続き、ひとつめの住宅地「高倉台」へ階段降下。1975年の第1回大会アーカイブを視聴すれば、高倉台と3座目「栂尾山274m」への階段は、遮るものがない草地で、半世紀に及ぶ歳月を感じさせます。ただ2回目以降はこの階段を上らず、通称「文太郎道」の元縦走路を経由していたため、アーカイブで見た景色を思いながら、10年振りの階段ルートで山頂を目指します。
「横尾山312m」と「東山253m」の間が名勝「馬の背」という岩稜帯「須磨アルプス」。ここを下ればふたつめの住宅地「横尾」「妙法寺」。
今回の予定時刻は8年前のCT。全縦に当たって肝に銘じたことは「怪我をしない」「焦らない」。そして、この2つを踏まえての「完歩」と「目標時間」。最初の休憩ポイント「野路山公園」は予定時間内でしたが、目標時間とはならず、早くも…。
6座目「高取山320m」は「孤高の人」が始まる場所。今風に言えば「聖地」。神戸の街並を見下ろせる神域の縦走路から今にも文太郎さんが出てきそうな茶屋跡を抜ければ、みっつめの住宅地「丸山」へと下山します。ここは「鵯大橋」から「鵯越駅」に向かって激登りが待つ住宅地。次に控える「菊水山459m」への挑戦権とも言えるでしょう。そして、菊水山後半に現れる階段群は標高以上に体力を試され、完歩への道を占える山。
先月の明神平では足の上がらなくなったバディがストックで復活したことから、普段は使わないストックを登山口から手にすると、明らかに効果を感じられました。ところが、後半の階段よりも気温上昇に伴って汗の止まらない登りが続きます。山頂で半袖1枚に着替えたものの、体力の消耗は否めませんが、遠くに霞む旗振山を初め、越えてきた山々と町並を眺め、「鍋蓋山487m」に向かって下山開始。


ともに歩んだ 山人生

自分のなかでは ここが 全縦の起点

国境の先には 淡路の国

1座目は 江戸時代 旗振り通信の中継地…旗振山

須磨海岸に浮かぶ 有明の月

ひとつめの住宅地の向こう 彼方まで続く六甲連山…鉄拐山

「山 海へ行く」昭和30年代末までは 栂尾山まで続いた稜線…今はなき 高倉山

ここも 懐かしい全縦風景のひとつ

大会では数珠繋ぎになる階段も 今は貸し切り

陽が沈むまでに 宝塚へ着きたいなぁ…

3座目から 1・2 を振り返ります…栂尾山

10分だけど 歩いた距離だけ 離れる景色…横尾山

ここだけは 別世界…須磨アルプス

山友2人と写真を撮った場所…東山

全縦ルートから100m離れて 行動肉食購入

ふたつめの住宅地と東山・須磨アルプス・横尾山…野路山公園

山頂直下の三等三角点…高取山

1923(大正12)年に創業し 100年続いた茶屋

ドラマが生まれる「菊水山」が見えてきました…鵯越

今年は 階段ではなく 暑さが 主役

最高峰・摩耶山に次いで ホッとする山…菊水山

出発地点からの景色とは ここでお別れ…鍋蓋山

さて 前半のラスボス 摩耶山に向かって 頑張るぞぉ!!

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全縦は「塩屋~摩耶山」が低山の繰り返し登頂、「摩耶山~六甲最高峰」が山上台地の横移動、「六甲最高峰~宝塚」が展望のない下り勾配と分けられます。次の「摩耶山702m」が全縦の中間地点でもあり、第2ステージ山上台地への起点。登り口「市ヶ原」からの標高差464mはルート最大であり、天狗道から続く稲妻坂は後半に向けての核心部でしょう。
歩き始めて6時間。予想を上回る気温の上昇で思うように足が出なくなりました。無理やり行動食を口に入れるも、砂を噛むよう感じで中々喉を通りませんが、歩調と同様、ゆっくりと味わいます。
予定時間が迫るなか、学校林道と合流。これからの挽回は不可能であり、あとは、完歩か撤退となりました。撤退の最終判断は最高峰から約3km手前にある六甲有馬ロープウェ-「六甲山頂駅」。摩耶山からも交通機関を利用すれば下山出来ます。ともすれば、気力が体力を下回りかねない登りが続きますが、今日は加藤文太郎さんと「同行二人」。粘り強く、前に進みました。
摩耶山の先にある1,000万ドルの夜景「掬星台」で大休止を行い再スタート。予定時間は過ぎましたが、必ず、怪我無く宝塚へ下山する気持ちを奮い立たせます。
「掬星台」から「六甲山頂駅」までは奥摩耶や西六甲のドライブウェイ沿いに寺院、ホテルや保養施設、小学校、ゴルフ場、自然体感展望台等、様々な施設が集まる山上の街を歩きます。それもガーデンテラスを過ぎれば、静けさを取り戻すと同時に、もう後戻りのできない完歩への道。まだ遠い「六甲山最高峰931m」の電波塔を望むと極楽茶屋跡までは残りわずか。その後、山上道路を5回渡った先にある階段を登り切れば、眼下に山頂への最終階段を望めます ^^;
誰も居ないと思っていた最高峰には、20代の男性が1人。久しぶりの会話でリフレッシュ。お互いに無事下山を願って別れました。全縦路に戻る際、必ず立ち寄るのは旧六甲山最高峰の碑。東六甲縦走をしていた時代の折り返し地点。
最高峰の登頂は当然ゴールではなく、「宝塚」までの最終ステージは残り15km。予定時間はとうに過ぎており、ヘッデン下山はほぼ確定。ここから先は電波状況も悪く、焦りは禁物で「怪我をしないこと」をあらためて自分に言い聞かせ、宝塚へ続く山道へと入ります。これまでと違ってポイントの少ない東六甲縦走路。残り4座となった「水無山804m」「大平山682m」「譲葉山526m」「岩倉山489m」。それぞれの山頂付近を通過するものの、テレビ塔の建つ大平山以外は気付けません。船坂峠、大谷乗越、甲山、譲葉台分岐点。稜線の南北どちら側を歩いているのかも、現在地を知る手掛かりになります。樹々に阻まれて展望も少ないため、大平山を過ぎた辺りから見た街の灯りがとても印象的でした。
18時半を過ぎ、14座目の「岩倉山」付近で暗くなってきたため、ヘッデンを再点灯。一本道のため不安はないものの、車道に出る塩尾寺までの最終ポイント「砂山権現」の鳥居が暗闇に照らされた時は一安心。しかし、ここからは花崗岩が風化した滑りやすい真砂土道になるため、まだまだ気は抜けません。
ほのかな光を放つ塩尾寺。真っ暗な森からは梟の声が出迎えてくれました。ここから宝塚駅まで激下りを含め3km。まだ30分ほど歩かねばなりません。やがて街の景色が濃くなり、武庫川に架かる宝来橋が描く曲線美の先には、終点「宝塚駅」が見えました。

完歩できる確信のなかった今回。8年振りとは言え、4回目ともなれば覚えている風景も多く、特に、住宅街の記憶は鮮明でした。変わらない景色が多いものの、山上台地にあった宿泊施設が更地になっていたり、名前が変わっていたりと、時代の流れを感じることもありました。
14時間、50km超えにも及ぶ単独行は、初めて歩いた単独行とは違い、2人の山友と歩いた思い出が浮かぶ85,000歩。朝陽に照らされる馬の背、菊水山の階段、最高峰に続く最後の階段、気付けば別の人と下っていた坂道、祝杯を上げた宝塚駅。文太郎さんだけでなく、山友2人とも同行していたのでしょう。
目標時間どころか予定時間さえ守れなかった今回ですが、そんなことはどうでもよいと思わせる「六甲全山縦走完歩」。そして、憧れだった全山縦走は、これにて一件落着。

下山後は、一人祝杯をあげ、翌日にバディといつもの…(笑)


稲妻坂から天狗道にある 撤退ポイント通過

「終わりのない登りはない」と思って…天狗道

砂の影響で 霞む 神戸港摩耶山(掬星台)

阪神間の景色も 春霞

4年前に閉業したそうです…「オテル・ド・摩耶」跡地

第2ステージは 車道がポイント…奥摩耶ドライブウェイ

「市立自然の家」を過ぎれば 「六甲最高峰」の文字

車道を渡るため 注意が必要な 全縦区間

この辺りは「近畿自然歩道」と案内されます

摩耶山から最高峰まで 最短で向かっているように思えます…丁字ヶ辻

名前は変わっても 近代化産業遺産の建物は 神戸らしい洋館

鳥になった気分で ゲージ内を進めば 雉が出てきました

本日2本目の 点滴(笑)

山上の街はここまで あとは 自分で下山する道

塔が並ぶ 六甲連山…中央に六甲山最高峰

山上道路を渡った先にある階段を上れば…

再び 道路へと下る 試練の階段区間

力が湧いてくる 最後の階段

ついに 距離表示のない案内板

何度も 背中を押してもらいました…六甲山最高峰

宝塚駅まで 14.8kmは あとか まだか…

4回目にして初めての全縦路…後鉢巻山

歩道のない車道350mが 核心部かもしれない

甲山(右端)が東六甲縦走路のランドマーク

この夜景を見ることが出来たので 結果オーライ…展望台

お疲れ様 自分…あとは 家路かぁ…^^;

一足早く桜の開花宣言した いつもの…(笑)

大人(シニア)の体力測定

3月10日 大阪府大和葛城山
これから歩く稜線を眺めながら、駐車場に向かいます。

以前のように年間40回近く登ることはなく、加えて、年齢による体力低下も重なり、自分の現状が読めない昨今。かつて山を教えてくれたひとりでもある高校の恩師は、年に一度、重装備で北アルプスへ向かい、飲まず食わずにどこまで行けるのかと言う手段で自分の体力を確かめていました。さすがにそれは真似が出来ないため、自分なりの方法で大人(シニア)の体力測定。
行先に選んだのは、関西では知られたトレイルコース「ダイヤモンドトレール(通称 ダイトレ)」。2018年、南北2回に分けてダイトレを完歩していますが、今回はその北部、日本最古の官道が通る「竹内峠」から竹内山、万才山、岩橋山を越え、大阪府最高峰「大和葛城山」までを往復する約20kmのコース。標準的なCTは、往路4:50、復路4:15の9時間5分。往復の時間差が短いと言うことは、アップダウンや平坦な道を意味します。
そして、今回設定したマイタイムは往路4:10、復路3:40の7時間50分。ダイトレは「大腿筋トレーニング」の略だと思えるほど、上り下りに階段が設置され、段差は低いものから3段積。踏み面の幅も様々と、山で出会う階段のオンパレード。長らくロングを歩いていない身としては、8割程度のCT設定としました。
最初の核心部は「歩道なき国道歩き」。駐車場からダイトレの起点になる竹内峠へは大型トラックも通る国道沿いを歩きますが、最後数10mは幅1mもない白線内を歩かねばなりません。この時間帯、人が歩いているとは思ってもらえないでしょうから、エンジン音に注意しながら小走りで通過します。
7年前とは逆向きに歩き始める今回。方向が変われば見る景色も変わり、初めて訪ねるような感覚です。前回、大和葛城山でカメラを破損した影響でほとんど写真がなく、振り返りも出来ませんでした。それでも要所となるダイトレ石板が設置された「平石峠」に来ると、当時の暑かった記憶が蘇ります。
ここから核心部「岩橋山」。平石峠から1.5km上り標高差280m、岩橋峠へ0.3km下り標高差100mを、ダイトレの代名詞とも言える階段が待ち受けています。特に、山頂から岩橋峠まで続く階段は、復路最大の核心部になります。
岩橋峠を通過後も数多く現れる階段区間。おらが山で培った「階段登り」の胆力が活かされ、ペースを崩すことなく登り続けます。それも「持尾辻」を過ぎれば、奈良県側に道が逸れ、いくばくか緩やかな区間が続きます。この辺りから山頂までは標高差300mをゆっくりと登っていき、展望がない中、時々合流する山麓からの道をポイントにします。
やがて、北尾根コースと合流すれば山頂まで1km圏内。ラストスパートと行きたいところですが、ここでも待ち受ける階段群。そしてロープウェイ「葛城山上駅」分岐点を過ぎると、自販機や建物が見え、ダイトレ石板「葛城山」のある山頂への階段(笑)となります。
山頂周辺は葛城高原と呼ばれ、5月には一目百万本のつつじが真っ赤に染めます。今は、天気のことわざ「霜柱が立つと晴れ」どおり、溶けた霜柱で足元は泥濘、今日一番の危険ゾーンでした。
ダイトレや六甲全縦のロングトレイルに大峰山脈大阪平野奈良盆地。県境尾根らしい両府県の展望。それを貸切で頂けるとは、この上ない贅沢な時間でした。余りの気持ち良さに、気付けば30分ほどが経っていましたが、それでも予定より1時間早く下山開始。往路とは違う景色と階段を楽しみながら、竹内峠に戻りました。
低山の縦走とは言え、累積標高1,847m。上った階段は優に3,000段を超えていたでしょう。CTは予定より早く往路3:00、復路2:30でしたが、比較できる復路は前回より10分増。このふたつの結果を受け止め、山行計画の糧にします。
下山後は、バディが好きなお餅でいつもの…(笑)


右端:二上山(竹内峠)と左端:金剛山(水越峠)の間が 今日のルート

6年10ヶ月振りに再会

ダイヤモンドトレールの石柱は このルートの応援団

さて核心部 岩橋山へ最初の一段…平石峠

おらが山の階段よりは 整備されています

展望なき核心ピーク…岩橋山 658.8m

「火の用心」と合わせて『足元の用心』

「持尾」って 何処? …持尾辻

階段ばかりではない ダイトレです

でも これが ダイトレの写真っぽい

自分の胆力が問われる「案内板」

その胆力を試す「最後のロング階段」

青空が待つ ダイトレ石板「葛城山

959.2mで久しぶりの 右手ポーズ…

ダイトレは 金剛山から岩湧山 槇尾山へと続きます

奈良県側は 大和三山が 目に留まります

山頂を振り返れば 大阪平野と青空

この良き世界と時間と自分に 感謝

帰り道 最初の階段は 青空に続く道

さて ダイトレ 再開

本日最大の核心部「岩橋山への10分」

2代目トレランシューズは 6年目にして 初ロングトレイル

石柱の天は ☆ ダイヤモンドカット ☆

木漏れ日が射す 山の交差点…平石峠

いい道でした

さて 最後の集中…

一足先にいただいた いつもの…(笑)

青空と精霊の森

2月27日 奈良県前山(明神平)
核心部が待つ林道を駐車場に向かいます。

三重と奈良の県境、南北に連なる台高山脈大峰山脈と並び『近畿の屋根』と言われています。標高1,000~1,600mにも関わらず、日本最大の多雨地帯であり、その奥深さと風の影響を受け、高見山を代表として多くの霧氷が見られます。明神平周辺もそのひとつで、この季節、多くの登山者を迎え入れます。しかし、高見山と違い数km続く林道は除雪されることがなく、状況によっては冬用タイヤの四駆でも駐車場に辿り着けません。今週に入り暖かくなったとは言え、林道でスタックした車の影響を受けたとのレポを見るなか、晴天予報に負けて、急遽山行計画。
所々、雪の残る林道。その量は場所によって大きく異なり、また、ドライもあれば凍結箇所もある千差万別の道。核心は最後の橋を渡ってからの数100m。深く掘られた轍は進路の選択がなく、レールに乗ったかのように、ゆらゆらと揺れながら進みます。幸い、問題なく通過出来ましたが、前方を走っていた軽の1Box車の方は「2度程危なかった」と話されていました。橋周辺の路肩には2台停まっており、スタックすることを思えば10分程長く歩くことは、賢明な選択でしょう。
週末は満車になる駐車場も今日は数台。そして、いつも曇っている空は、青空を予感させるものです。ここから1km近く林道歩きになり、明神谷へと道は続きます。すでに道には雪があり、ここからアイゼンを付けました。最近はチェーンスパイクの使用頻度が高いものの、明神平から前山へは雪が多いことから、2022年GW以来の12本爪。
林道から離れ、大又(四郷)川に沿って明神谷に入れば、すぐに現れる第1渡渉点。ロープの張った場所から上流側にある石を利用して渡りました。第2渡渉点を渡った先にある木製梯子の1本は、削られて細くなり、数年後には折れていることでしょう。
時々、陽が届く中、第3渡渉点へ。その道程は浮石注意の箇所ですが、全て雪の下に埋もれ、歩きやすくなっています。道端に雪ダルマのような塊があるなぁと思っていると、左側の斜面には幅数mのデブリ。規模は大きくありませんが、直撃を受ければ何等かの影響があることでしょう。第4渡渉点まで来ると一跨ぎ。そして、明神滝への分岐となります。その門番とも言える大きな氷柱。近くまで寄り、そのまま進むことにしましたが、やけに急で、足場も悪い。こんな場所があったかなぁと思いつつ登り切れば、普段利用する登山道。チェーンスパイクでは戻っていましたが、12本爪だったが故のルートミスでした。
滝の上流へ続く巻き道を登れば、橋の架かった第5渡渉点。しかし、橋は雪に埋もれ、他と変わらぬ雪道です。ここから先は明神平へと続く精霊の森。但し、今日は暖かで霧氷のない、明るい、青空の広がる冬枯れの森。この後、5回折り返せば第5渡渉点の上流となり、ショートカットで登った先に見える冬の小川は『水場』。バディは久しぶりの冬靴+アイゼンの影響か調子(足)が上がらず、前山まで登れるのかどうか。やがて、白い雪洞を灯した針葉樹林を前景に薊岳を望めば、明神谷へと続く精霊の入口となり、ほどなくして明神平に到着。森を抜けるといつもは洗礼を受ける風はなく、太陽の恩恵を受けた眩しい世界。かつて、ここにはロッジの建つスキー場があり、その営業期間は短かったとは言え、半世紀以上経った今も、私達はその恩恵を受けています。
駐車場で言葉を交わした方は犬連れで、その中型犬と楽しく雪遊びをされている横を、まずは明神平を望めるところまで登り始めます。ところが、バディはストックを取り出してから調子が戻ったようで、真っ白なキャンバスに幾筋も引かれたラインに沿って前山へ。そのラインは明神岳から続く稜線の斜面には引かれず、当時の面影を残すかのような純粋無垢のゲレンデ跡。
最近は「サザエさんハウス」と呼ばれる『あしび山荘』が歩いて来た以上に小さく見え、後方の国見山からは明神岳へと続き、その中央には、新おらが山「三峰山」が霞んで見えました。前山まで登れば、台高山脈の南起点「大台ヶ原」やもうひとつの屋根「大峰山脈」が眺望でき、鞍部の明神平とは異なる展望となります。明神平を見下ろせる場所で昼食。風のない今日は静かで、素晴らしい展望に囲まれた「無音」の世界はとても印象的な時間でした。
ミルキーウェイにつつまれた世界もあれば、こうして青空の下、光輝く明神平。霧氷の森ともなれば、そこは『おとぎの世界』になることでしょう。
駐車場に戻れば、朝よりも台数は減っていましたが、橋付近の路肩では、台数が増えていました。「安全登山は山だけに限らず」と言ったところでしょうか。
下山後は、林業の町 吉野らしいお店でいつもの…(笑)


陥没箇所は 雪が隠して 一体化

渡渉は その日の状況で 変わります

ロープがあれば 安心感は増します

事実上 最終渡渉は 第3渡渉点

地肌が見えている地点が 雪崩の起点

今年の冬を物語る 残雪量でしょう

2つ目のデブリは 登山道を横切っていました

大きな氷柱 そして 誤って登った雪肌

橋が出来た第5渡渉点は その後に 危険区間

曲面を更に 際立たせる 木影

暖かな陽射しを受け 誘っているようです

涸れているのを 見たことがありません…水場

初めてここで見る 爽やかな 雪景色

「孤高の貴婦人」に出迎えられて…明神平

まずは 明神岳と前山の分岐点まで…

標高を忘れさせる 薊岳方面の展望

前山ゲレンデ跡に向かって 再始動

明神岳から前山・薊岳へと続く稜線

光と影が織り成す モノクローム の世界

今 シュプールは トレースに 変わりました

今日の良き日に 感謝です

前山へ 静かな山行が続きます

三峰山から 天高く昇る 青

当時の歓声が聞こえてきそうな ゲレンデ跡

正面に国見山を望み 明神平へ下山

いつまでも その姿を 願います

その1滴1滴が 春への足音

往路の核心部は 復路にも…^^;

作業場を見ながら いつもの…(笑)

関西バンビー3の ”山散歩”

2月11日 三重県 竜王
本日の核心部とも言える坂道で山友の車を見ながら、駐車場へ上ります

2023年初登り以来の関西バンビー3山行。山行とは言っても、竜王山は標高361.7mの低山。その存在を知ったのは、今から遡ること1年。辰年と言うこともあって、地元の情報誌に掲載されたことでした。近くて良い山とはこのことだと思いながらも機会がなく、干支は「巳」になってしまいました。
先週は大雪で山に行けず、今週の天気予報を見れば11日が最適日。祝日と言うこともあり、周辺の山は雪を楽しみにした方で賑わっていると思い、それならば静かであろう「竜王山」となり、京都の山友も時間があると言うことなので、2年振りの関西バンビー3山行。
待ち合わせ場所は應感神社駐車場。県道から集落を抜けた先、まるでスキージャンプ台のように弧を描き、参道へと延びる一車線の坂道。多くのレビューで紹介されているとおり、山友もこの坂道には驚いたようです。
登山口は境内の奥。まずは、急な階段を上って参拝するところから始まります。境内にあった「竜王山登山道イラストマップ(花之木地区住民自治協議会・法花断層崖保存会)」によれば、ここには花之木断層(法花断層)の活断層があり、北東-南西方向に伸びる南落ちの断層崖が発達しているそうです。この急な階段を含め、登山道の南側斜面は崖になっているため注意が必要でした。しかし、この断層崖の影響で、山頂まで1kmにも満たない登山道には、数多くの奇岩、巨岩が点在し、標高で図れない伝説と歴史が備わる「良山」となっています。
鳥居をくぐり抜けて登山道へ入り、まずは「竜山 遙拝所」の祠で安全祈願。しばらく続く、崖側にロープが張られた幅1mほどのつづら折れ。まるで直登のように高度を上げていき、社殿はみるみる小さくなっていきます。安全のようにも見える道も、積もった落葉が転倒の引き金になりかねず、谷側へ滑落すれば、只事では済まないでしょう。低山に在りがちな「危険要素」です。
ほどなくして現れる最初の奇岩は「犬戻岩」。案内によれば「この裂け目に大蛇が住んでいて、それを見た犬が後戻りした」という伝説から名付けられたようです。となれば、「巳年」に所縁があるとも言えます。案内板は新旧2つあり、旧の方には『「三国地誌」に所見』となっていました。「三重県文化財データベース」で調べてみると、「三国地志』とは、伊賀上野 藤堂家家老の藤堂元甫が編纂し、1763年に完成した伊勢・伊賀・志摩の3国にわたる地誌の書で、近世の三重県内の様相を伝えるものとなっています。ここではこの岩以外にも「龍王ノ祠」「天道房ノ故址」が記されており、この地域の歴史を物語っています。新しい案内板で説明される「象の鼻岩」「亀の甲羅岩」「ジョーズ岩」は2009年の登山道整備事業で名付けられたようですが、数100年後には「犬戻岩」同様、近世の歴史を飾っているかもしれません。巨岩が三層に重なった「弘法の護摩岩」を過ぎれば稜線歩きとなり、三角点と第一展望台のある「竜王山」に登頂。そして、2013年に整備された道が第二展望台まで続き、約500mの稜線歩きを楽しめます。第一展望台は滋賀県側、第二展望台は三重・奈良県側の眺望が広がり、特に室生火山群が一望できる第二は、地元民として「ふるさと」を思わせる展望でした。
帰路、「滑落崖・開口クラック」の案内に従って寄り道をしました。地滑りで出来た階段状と地割れのような溝状の地形。知識は乏しいながらも、非常に興味深いものでした。
ゆっくり上っても30分程度で登頂できる「竜王山」。その道中には、奇岩に歴史、文化、地層。そして、展望台からの眺望。様々な要素がギュと詰まった「幕の内弁当」のような山でした。登山口の「應感神社」へと戻り、駐車場を前にして転ばぬよう急な階段を降りていると、突然「どぉーん」と地響きを伴った大きな音。その瞬間、バディは急に走り出し、後で聞くと「何かの動物が走り去って行くのが見えた」と話します。山友も一瞬見ましたが、その正体は不明で、階段横の建物裏にある駐車場へ大きな動物が滑り落ちてきたことは間違いなく、今までに聞いたことのない振動音は、空気だけでなく、肝も震えさせた出来事でした。
下山後は、お喋りランチで時間切れのため、自宅でいつもの…(笑)



断層崖を登る 應感神社参道の石段

陶器の町 伊賀らしい 杖入れ

祭神の1柱は 大山祇神(山の神)

拝殿には イラストマップと法花断層崖説明のリーフレットがありました

気持ちが改まりました… 竜山講由来記

ここからは 霊処「竜山」への参道

高さ約10m 約6,500万年前に出来た領家花崗岩…犬戻岩

龍神信仰に池は外せません

元々は「潜り岩」の一部でした…象の鼻岩

名前を付ければ そう思えてくる不思議さ…亀の甲羅石

上から見ると「竜王の石蔵」 下から見れば このとおり

本日 最大の積み重ね…弘法の護摩

代々 引き継がれてきたのでしょう…龍王ノ祠

岩の根が伊賀川に通じている…笠岩

あの山の向こうは甲賀 そして その道は「御斎(おとぎ)峠」

縦走気分を味わえた 第二展望台までの道

このパノラマ展望は 想像以上に良かった

この眺望図が 感動を倍加させていました

住宅地の向こうに 伊賀富士「尼ヶ岳」

山頂直下への 巻き道ルート

この段差が滑落崖 そして 手前の溝状が 開口クラック

想像力が掻き立てられて 勝手にネーミング…猿岩

こちらは 大蛇岩…どちらも 弘法の護摩

ロープと杭を保険にして 下ります

もう少しで 本当に 新緑の季節

鳥居の先で 事件が起こります

47% 増量した いつもの…(笑)

久しぶりの ”冬山” 体感

1月30日 奈良県三峰山
予定を変更し、通勤車両とすれ違いながら、駐車場に向かいます。

昨日、久しぶりに積雪の朝を迎えた自宅周辺。予定していた山はアクセスが核心部で、29日の山行レポが夕方でもアップされないことから、様子の判る通い慣れた山に計画変更。今日は昨日と同様、風が強い1日で、山行に向いているとは言えないものの、風の影響を受ける箇所も把握できていることから出発。冬山は天候に左右されやすく、その判断は個人で分かれるところでしょう。
駐車場が近付くと見えてくる真っ白に染まった稜線。ただし、雲行きは怪しく、予想していた青空は見えません。午前8時前、氷点下の駐車場に到着。いつもより1時間早い到着でも、すでに数台が停まっており、霧氷が見られるこの時期は平日でも人気があります。
支度をしていると雪が降り始め、すぐに止むだろうと思ってはいても、濡れ防止のため、アウターを着用して出発。ルートはいつもと同じ、不動滝↗ 登尾↘ の周回。準備運動の林道歩きをしてすぐに、身体の重さに気が付きます。林道から登山道に入る分岐で、アウターを脱ぎ、チェーンスパイクを装着。不動の滝に向かって登り始めますが、本調子にはなりません。身体と言うよりも、靴が重い感じです。後で知りますが、バディもそう感じているようで、寝不足か、実は先週の山行疲れが残っているのか、原因は不明ですが、集中を切らさぬようにします。
不動の滝を過ぎれば、滝を巻くようにして道はつづら折りとなり、神末川支流であろう涸沢に沿った後は、尾根道、トラバース、尾根道と展望のない樹林帯の中、高度を上げていきます。下りで利用する「登尾」ルートも樹林帯の中を歩くことに変わりありませんが、時々、展望が開け、俱留尊山や山間に広がる集落を見渡せることが出来、主ルートになっているのではないでしょうか。また、観光協会の説明にもあるように、不動滝ルートは少し急勾配で、登尾ルートは勾配が穏やかであることも理由のひとつでしょうが、それ故、周回する場合は、下りの「登尾」利用をお勧めします。
なかなか本調子に戻らぬまま、登尾ルートとの合流地点「五本杉避難小屋」に到着。ここから先は稜線対応として、バラクラバとアウター着用の風対策。小屋を出ると、青空が見え始め、時折、陽も届きます。針葉樹から広葉樹へと移り変わる様子は、森の明度で感じられ、それは陽射しとともに増幅されます。
新道峠への分岐点が三畝峠。頭上を飾るはずの霧氷はいずこへと消え去っていましたが、そこは雪山、青空が広がれば気分は高揚します。いつものように八丁平方面に進むと、流れ去る雲を映し出すかのように、眩い世界が繰り出され、八丁平はひとつの舞台となりました。
青空と風は別物で、写真だけ見れば暖かそうでも、気温は氷点下。10m以上の突風が吹けば、体感温度は-10℃以下になる世界。冬山とはそんなところであることを、やさしく言い聞かせてくれる八丁平1,200m。
そこからひと登りで1,235mの山頂。丁度、貸切状態となり、北斜面に広がる霧氷と室生火山群からおやが山への山稜をゆっくりと眺めることが出来ました。反対側には誰かが作った雪ダルマが枝に並び、登山者を歓迎してくれているかのようでした。
ここから分岐点までが霧氷大通りですが、今日は、頭上よりも林床の雪紋。「シュカブラ」とは言いませんが、それでも唯一無二の世界は「山と一期一会」。雪面に影を落とす冬枯れの森と同様、今だからこその景色です。
避難小屋に戻って昼食をとっていると、強風で身体が冷やされ続けてきたことを、あらためて感じました。丁度、お昼前と言うこともあって、10人以上の方が休んでいましたが、吐く息が皆白く、沸騰した薬缶のように湯気立っていました(笑)。
正午を過ぎても、まだまだすれ違う人は多く、身近に雪山を楽しめる山なんだと思いながら、気分はいつものへと向かっています。
駐車場までは信号機のある交差点10箇所。自宅から3時間程で登頂できる三峰山は、我が家で最も近い「冬山」でしょう。下山後は、久しぶりに向かった地元のお店でテイクアウトしたいつもの…(笑)


まずは 不動明王に 安全祈願

氷瀑は無理でも 氷柱は ありました

涸沢を過ぎれば 支尾根の始まり

まるで 避難小屋を守るように 立っています

この角を曲がれば…

世界の境界線が 待っています

一筋の光が 樹林帯に届く喜び

光のうねりで 踊る林床

青空を見上げれば ナンチャッテ 霧氷

太陽が覗けば レンズを向けたくなる 道

冬の演舞が開催中… 八丁平

ぽっかりと開けた空間は 誰のためのもの…

冬枯れの森が 雪色に染まります

様々な顔を魅せる八丁平は 貴重な場所

風に吹かれて 冬山満喫

四季折々の美しさ…ナツハ シランケド…

霞ながらも 三重県側の山稜

次は 新緑の季節に…

青空を切り取れば 暖かそうです

今日も感謝の登頂

霧氷大通りで 下山開始

林床のさざ波に 耳を傾けて 帰ります

時に風は チャンスを与えてくれます

同じ山とは思えない 展望

疲れを癒す チョコレートマウンテン がいつもの…